2011年09月20日

*「命令に従っただけ」 *在日本イスラエル大使

アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所は第二次世界大戦の「ユダヤ人問題の最終的解決」を実行した数多くの強制収容所の一つでした。(ユダヤじんもんだいの さいしゅうてきかいけつ、独:"Die Endlösung der Judenfrage")とは、第二次世界大戦中、ヨーロッパにおけるユダヤ人に対して組織的に大量虐殺を行うナチス・ドイツの計画のことを指す。
ユダヤ人問題の最終的解決の第一ステップでは、ナチスは「死体の埋め穴」で大量に虐殺しました。
ヨーロッパの各地のユダヤ人を一ヶ所に集め、彼らに大きな穴を掘らせ、穴の周りに全員を立たせ、服を脱がせ、外からドイツ兵がそのユダヤ人を撃ち、そして穴を埋めました。

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そのようなやり方で約250万人のユダヤ人が殺されましたが、ナチスとしてはペースが遅すると判断し、のちに第二ステップとして、強制収容所のガス室でより早くよりすばやく更に約350万人を殺しました。

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(上の写真はビルケナウのガス室の一つの模型)
1944年5月にハンガリーのユダヤ人がアウシュヴィッツに送られ、わずか数週間で45万人がガス室で殺されました!
ユダヤ人問題の最終的解決を担当していたナチス幹部の一人、アドルフ・オットー・アイヒマンがハンガリーのユダヤ人をアウシュヴィッツに送る責任者でした。

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終戦後、アイヒマンはアルゼンチンに逃れ、イスラエルの情報機関「モサド」が数年かけ、かれの居場所を見つけ、そして1961年にイスラエルで裁判後死刑になりました。(イスラエルでは最初で最後の死刑)

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(裁判中のアイヒマン)

裁判中でアイヒマンの最も有名な言い文はこのポストの題名の上半分:
「命令に従っただけ」

「命令に従っただけ」で責任を逃れるか?彼自身は本当はどう思ったか?自分の奥さんや子供にも「命令に従っただけ」を言いましたか?説得できましたか?  大きな疑問です!

9月11日に日比谷公園で脱原発のデモに参加しました。
沢山の人が集まり、東電前、経産省前で私達の気持と考え方を訴えました。
「経済より命」 「子供を守れ」 「原発いらない」
集った人の周りに大勢の警官がいました。時に命令口調で:「ここからはプラカードを下げろ」、「ゆっくり歩くな」などの言葉が発せられました。


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(私達の参加の日比谷公園デモでは激しいぶつかり合いはなかったようです)

当日の新宿でのデモでは逮捕された人もいました! (写真はありません)

そして、昨日19日に明治公園で6万人反原発デモ!!!
(残念ながら私は個人的な理由で参加できませんでした)
そこでも、警官だらけ、、、

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さてさて、そこに来ていた警官は原発についてどう思いますか?放射能については?そして自分達の子供の未来をどう思いますか? それぞれ違うでしょうが、全員、全ては原発推進派ではないでしょう!中に国の仕事をしている事によって、脱原発デモの取り締まりをする事になり、悔しい人もいるはずです。その警官たちは夜、家に戻って、奥さんと子供に「命令に従っただけ」と説明をするんですか?納得してもらえますか?? 30年後、自分の孫に、病気になった別の人の孫に、30年前のあのデモの日をどう説明するのですか?
まあ、公務員の仕事を選んだ上、警官になった上、自分がやっている事は国のため、国民のためになると信じて、命令に従うしかないでしょう、、時に自分の考えに反している命令でも、、、
自分の中におそらく何かの形で自分に納得をしようとしているでしょう、、、私の仕事によってデモが暴動にならない、、、かわいそうに! 
では命令を断るべきか?その日の仕事には行かないべきか?解決方法はいろいろありますが、ここからこのポストの題名の下半分に入ります。在日本イスラエル大使

私は約30年前に来日しました。


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当時私は若者として、自分探しと将来へのヒントを求めていました。日本語学校を卒業し、そろそろ自分の本職、仕事について考え始めました。その当時、日本語を話せるイスラエル人はまだ少なく、私の日本語を生かして、本国イスラエルへ戻り、大学を出て、外務省を目指しいずれは外交官として東京にあるイスラエル大使館で外交官として勤めるのも選択肢の一つと思い始めました。

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(東京にあるイスラエル大使館前。なんと、その大使館を守るのも日本の警官、、、彼のイスラエルに対しての個人の意見は、、?)

そして、時間がたてば、いつか在日本イスラエル大使 になるぞと若者らしく考えていましたところが、徐々に、実際にそうなる過程を踏む前に、イスラエルの国策が自分の意見に反しても万が一大使またはイスラエルの外交官として、国の政策を肯定するしかないと理解する事ができました。その瞬間で外交官への夢は諦めました。現在のイスラエルのパレスチナ独立に対しての勧め方を見ていると、あの当時の選択は正しかったとますます思います。
したがって、今のお巡りさんは警官になる前、このような選択肢もあったかもしれません!

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ちなみに、私は実際に外交官になれたかどうかはこの話には無関係です、、、


posted by nagariya at 16:39| Comment(7) | 原発危機と平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
9.19デモに参加しました。普通の人がたくさん参加していました。そして、たくさんの警官。
原発の事故のとき、なにもおしえてもらわないまま、爆発でケガをした警官のことを思いました。彼らは命令されれば、どこにでも行かなくてはなりません。彼らだって迷っているはずです。
Posted by DAN at 2011年09月20日 17:36
こんばんは!
とても考えさせられる問題ですね!
私達も同じ様なことが何処かの面であるのではないでしょうか?
特に日本人の慣習として「周りの人と違ったことをしてはいけない!自分だけ目立っては良くない!」等の要らない先入主も悪戯をしていることと思います。

警察官についてですが、この様な場合の治安維持・・・集団心理を暴走させないための手段としての命令口調や警備体制だったのかも知れませんね!
逆に警察の警備があることで反対勢力との間にワンクッション持てているのかも知れません!

『 喉元過ぎれば熱さ忘れる 』 なんて諺が有りますが、本当に怖いのは我々一般の市民が震災直後に味わった恐怖をどんどん忘れて行ってると言うことです。 環境にもっと関心を持ち、もっと責任を持って子供達の未来を切り開かねばいけないということを肝に銘じましょう!


Posted by 達磨の次男坊 at 2011年09月20日 21:03
最近東京のデモには行きません。東京へ出るのがおっくうで。これではいけないと思いながら。
命令に従っただけ、これは実に重い言葉です。警官にはならなくてもいいかもしれない、でも徴兵制のある国では兵隊にならざるを得ず・・上官の命令には従わざるをえず・・。兵役拒否のできない国もあるでしょう。
憲法が保障している良心の自由も日本の裁判所は認めていません。日の丸を正面に飾り、君が代の強制が始まってから、私は入学式、卒業式などには1回も出ませんでした。年休を取って休みました。今だったらどうなるか。
教員になった時点では日の丸・君が代の強制なんてありませんでした。
個人が権力に抵抗するのはいろいろ困難があります。法律にも詳しくないし。
デモは国民の権利なのですから、普通に歩いている人たちに警官が命令する権利があるか疑問です。昔の治安維持法のあった時代に戻ったように錯覚することもあります。
でも、私を含めてまだ人々の意思表示が弱いと感じます。
Posted by trypoxylon at 2011年09月20日 21:09
私も9/19の明治公園さよなら原発集会に行って来ました。ステージ裏で話を聞きました。デモコースはCの新宿でした。本当に久しぶりのデモで生き返った感じでした。穏やかで良い時間でした。女性子供が多かったような気がしました。女性が主役がいいかもね。
 8月上旬に宮城県亘理町でボランテアをして来ました。親戚の家にお世話になり自転車でセンターに通いました。良い時間でした。又行こうと持っています。これから都内でのデモには積極的に参加して原発を廃炉に持って行きたいと思います。30年前にもやっていたのを思い出します。
Posted by 森下 昇 at 2011年09月21日 17:10
「命令に従っただけ」色々考えさせられますね。身近なところでは毎年やっている平和行進の時では、警察官は大変協力的です。事前の下見にはパトカーで主催者と一緒に回ってくれ、行進途中では行進の後ろがどんなに渋滞していても車を追い越しさせず私たちの安全を守ってくれます。これは法律と事前の手続きによって守られていると思います。
 そこで、その法律は国会で定めます。国民の代表が決めます。私たちの意見を取り入れてくれる代表を選ばないと反映されませんね。デモや口コミいろいろな人に分かってもらわないと少数派ではだめです。ダニーさんがやっている講演や様々な団体がでやっている署名活動にもっといろいろな人を巻き込んで行かなくては。原発をなくす法律を早くつくりましょう!!
Posted by とっちー at 2011年09月22日 09:39
昨夜フジテレビで伊坂幸太郎の「ゴールデンスランバー」を放映していました。感情を全く持たずに誰かの命令を遂行する警察と、善良で平凡な主人公を首相狙撃犯に仕立てて追いつめていくマスコミ… 娯楽映画でしょうが、ドラマの出来事とは思えず泣きながら観ました。

現実は、無表情に虚偽の発表をする偉いひとたち、追随する大手メディア。ドラマと違うのは、真実を伝えようと奔走するフリージャーナリストと良心を持った科学者の方々、諦めの境地にいる主人公(福島の人たち)。
インターネットがかろうじて庶民に真実を伝えていますが、インターネットの中で思いを語ろうとする人に対する匿名のバッシングは憲兵より酷いとも聞きます。

悪夢だったら覚めてほしい…

Posted by 山地人 at 2011年10月02日 12:10
確かに、「命令に従って」仕事をすることに問題があります。自分の行動を自分で考えた方がいいです。
それでも、日本の警察のナチドイツの最大の戦犯の比較はすごい言い過ぎだと思います。民主主義国家日本で警察官になるかどうか、又は警察官の業務としてデモの監督を担当するかとか、とユダヤ人大虐殺を計画・実施するかどうかという選択肢、根本的に違うと思いませんか?
もちろん、民主主義国家にも警察のやり方にいろいろな問題があるけれども、警察としては、国民のデモを行う権利を守る義務もあります(例えば、ヤクザ(か他の反対団体)がデモを攻めようトスとする時)
Posted by カワウソ at 2012年07月17日 22:15
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